【歌詞分析】星野 源「恋」(2016) の歌詞の意味とは?詩的表現の分析・個人的解釈

 

本記事にお越しいただけまして、誠にありがとうございます。

歌詞が分析が好きな 白ねずみ(@whitemicemoon)です。

 

初の歌詞分析の記事になるのですが、今回は2016年に大ヒットした、星野 源「恋」を分析しました。

まず、聞いた事がない方は、こちらのYouTubeから聴いてみてください。

尚、星野源のMVは必ず途中で謎の番宣が入って、満足に全部を聞く事が出来ません。残念。

 

曲の概要

画像:星野 源「恋」

  • 作曲:星野源
  • 作詞︰星野源
  • ゴールドディスク:プラチナ(CD・日本レコード協会)
  • ゴールドディスク:ミリオン(配信・日本レコード協会)
  • Billboard Japan Hot 100:週間1位
  • Billboard Japan Hot 100:2016年年間3位
  • Billboard Japan Hot 100:2017年年間1位
  • オリコン週間2位
  • オリコン2016年度年間36位
  • ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』主題歌

画像:TBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」

ガッキーこと新垣結衣の可愛さ…生きるのがツラい…

このドラマは本当に面白かったです。ガッキーに萌えていました。

星野源もオドオドした感じが愛らしくてよかったですよね。

 

数々の功績の残した名曲となり、語り尽くされているとは思いましたが、それでも私なりの解釈を綴りたいと思いましたので、記事にしました。

めちゃくちゃ細かく日本語的な意味を歌詞から出来るだけ正確に丁寧に拾いながら分析しましたが、めちゃくちゃ長々と書きましたので、根気強く読んでくださると幸いです。

もしくは、気になる部分だけを探して読んでいただいても構いませんので、Aメロ・Bメロ等で分けていますので、そこから探してみてください。

それと、参考・引用元は記事の最下部にまとめましたので、もし興味がありましたらご覧ください。

 

本記事の目次

 

大まかな曲の意味

まず最初に、曲全体を通して感じられた、個人的な曲の印象・歌詞の意味をまとめてみたいと思います。

  • 夫婦・恋人 等の身近な大切な人との繋がりを大切に想う曲
  • 「恋」という言葉の解釈次第では友人や家族にも適用出来る様な内容の曲
  • 情景描写が細かく、思い浮かべ易い歌詞
  • 「恋」というタイトルなのに「夫婦」の関係を歌っていて、夫婦でありながらも互いに恋しく思う事が大切だと歌っている曲

大まかに私はこの様に感じました。

 

1番 Aメロ〜Bメロ

営みの 街が暮れたら色めき

風たちは運ぶわ カラスと人々の群れ

意味なんか ないさ暮らしがあるだけ

ただ腹を空かせて 君の元へ帰るんだ

物心ついたらふと 見上げて思うことが

この世にいる誰も 二人から

まずはAメロから。ここが1番よく情景を写し取った歌詞だと感じました。

 

1番 Aメロ 前半

営みの 街が暮れたら色めき

風たちは運ぶわ カラスと人々の群れ

「営みの 街が暮れたら色めき」

「営み」とは「生活のための仕事。生業(なりわい)」という意味で「日々の営み」という形でよく使われます。

「営みの街が暮れたら」という表現は詩的で興味深い。「暮れる」「太陽が沈んであたりが暗くなる。夜になる」という意味で、専(もっぱ)ら「日/陽が暮れる」という使い方をします。「暮れる」だけでも使用する事も出来る様です。

一般的にその様な言葉の使われ方をしているのですが、「営みの街が暮れたら」という様にまとめると、「営みの街」は「人々が生活の為に働いている街」=「日中」を指し、「日が暮れる」の「日」と置き換えても想像がし易く、意味の通り易い、日本語的に不自然さがない表現にまとめられているのです。

もしくは「営みの街が暮れたら色めき」で考えてみて、「営みの街が (暮れたら) 色めき」という様に、「暮れる」一語で「日が沈む」を意味するとすれば、「日が暮れて、人々の仕事が終わった街は、夕日で茜色に染まり、色めいている」という意味で考えられると思います。

 

「風たちは運ぶわ カラスと人々の群れ」

「風たちは運ぶわ カラスと人々の群れ」の部分は、まず夕焼け空を思い浮かべた時に姿をよく目にするカラスになぞらえ、カラスが宙でに乗り飛んでいく事を結びつけて「風たちが運ぶ」としていると思います。または、人々が帰ることはごく当たり前で自然な事で、そういう帰宅する行為を自然にしている事を、自然の事象で説明する事で、「風に運ばれて家に帰っている」という意味づけにして詩的な表現に仕上げたのかと思いました。

また、「風たち」という表現は、「動物たち」「子供たち」という様に、自然である風を複数形にして「たち」とするのは、自然を近い存在として親しみを込めて「風たち」としているのかと思いました。言ってみれば、子どもが「お花さんたちと一緒に〜」という感覚の様に思えます。

そして、「カラスと人々の群れ」という表現は、カラスが群れをなして巣に帰るのと同様に、人々も赤の他人と共にぞろぞろと家路につくので、「人々の群れ」という様に表しているのだと思いました。

 

1番 Aメロ 後半

意味なんか ないさ暮らしがあるだけ

ただ腹を空かせて 君の元へ帰るんだ

「意味なんか ないさ暮らしがあるだけ」

区切りを変えて読み易く、「意味なんかないさ 暮らしがあるだけ」とします。

「暮らし」は「生活」という意味ですが、前の節と繋げて解釈すると「日が落ちて、1日の仕事が終わり、家に帰って生活すること」という意味になります。

家に帰って食事して寝ることに意味はありませんよね。ただ、生活をする為ですから。

 

「ただ腹を空かせて 君の元へ帰るんだ」

「ただ腹をすかせて 君の元へ帰るんだ」も、そのままの意味で受け取っていいと思います。

「日が落ちて、1日の仕事が終わり、腹を空かせて、君のいる家に帰る」という意味。

 

1番 Bメロ

物心ついたらふと 見上げて思うことが

この世にいる誰も 二人から

「物心ついたらふと 見上げて思うことが この世にいる誰も 二人から」

読み易く並び替え、「物心ついたら、ふと見上げて思うことが、この世にいる誰も二人から」にします。

「物心がつく」「幼児期を過ぎて、世の中のいろいろなことがなんとなくわかりはじめる」という意味です。

「物心ついたら、ふと見上げて思うこと」とは、幼少期を過ぎた子供がふと見上げた先には、子供のそばにいる両親が見えたのではないでしょうか。

その両親を見て、「この世にいる誰も二人から」=「この世の中にいる人間は誰もが二人の両親から生まれている」という事を思っていた、ということになります。

 


 

2番 Aメロ〜Bメロ

みにくいと 秘めた想いは色づき

白鳥は運ぶわ 当たり前を変えながら

 

恋せずにいられないな 似た顔も虚構にも

愛が生まれるのは 一人から

次に2番に入ります。サビは後で分析をします。

 

2番 Aメロ

みにくいと 秘めた想いは色づき

白鳥は運ぶわ 当たり前を変えながら

「みにくいと 秘めた想いは色づき」

「みにくいと 秘めた想いは色づき」は言葉を加えながら解釈すると

「恋している自分自身が醜いと自分で思い、覆い隠して秘めてしまった恋心(想い)は、再び色味を帯び色づき、恋心が再び顔を出し、動き始めた」という感じになると思います。

恋している自分というのは、普段の自分とは様子が変わってしまい、いつもの自分じゃない自分に嫌になり、そんな自分はどうかしていると卑下してしまう気持ちが出てくる事があります。

好かれようとして、それで失敗すれば、自分が惨めで目も当てられない、醜い存在だと思ってしまうこともあるでしょう。

自分が醜いと思い、恋心は心の奥底に秘めたはずなのに、どうしても忘れられず、秘めて灰色になったはずの恋心が再び色づいた、という意味になると思います。

 

「白鳥は運ぶわ 当たり前を変えながら」

「白鳥は運ぶわ 当たり前を変えながら」という部分は分析・解釈が難しかったのですが、2つの考察をお伝えします。

1つの目の考察。

白鳥という表現について、まず先程の「恋心抱く醜い自分=醜いアヒルの子=黒い鳥」との対比で、「輝く君=白鳥」としているのではないかと思いました。

その上で「 (自分が抱いていた恋愛の) 当たり前を (白鳥の君が) 変えながら、白鳥 (=輝く君) は (私の恋心を) 運ぶわ」という様になるのではないかと思いました。

何を運ぶのか、という点も難しいのですが、恋心を運んでいるのか、もしくは「運ぶ」を「背中を押す」と解釈してもいい様な気がしました。

いずれにせよ、「私が好意を寄せていた君が僕の恋愛の常識を変えてくれて、秘めていたが再び色づいた恋心を後押ししてくれた」という様に解釈できるのかなと思いました。

 

2つ目の考察。

白鳥について調べていたら分かった事がありました。

白鳥の仲間には、カモ目カモ科ハクチョウ属「黒鳥 (コクチョウ) 」という黒い白鳥がいます。

画像:wikipediaより

「コクチョウ」は1697年にオーストラリアで発見されるまで、白鳥は白いものしかいないと信じられていましたが、発見により世界はあっと驚かされました。

この発見により、コクチョウは『「常識を疑うこと・物事を一変させること・自分を絶対視しないこと」の象徴』として、言葉としても使われる様になりました。

作詞する際に、さすがに歌詞の字面を見たときに「黒鳥」よりも「白鳥」の方が綺麗にまとまるし、「コクチョウ」はそもそも「ハクチョウ属」でハクチョウには変わりないという事で、「白鳥」を採用されたのかなあと思いました。

そうすると、「当たり前を変えながら」という点も、コクチョウが象徴する意味と合います。

「常識を疑い、物事を一変させる象徴である白鳥 (=コクチョウ) が当たり前を変える」という意味は筋が通っている様に思えます。

以上が考察になります。だいぶ推測な感じなのですが、コクチョウを調べた時にこの逸話を見つけた時には「これだ!」って思いました(笑)

 

2番 Bメロ

恋せずにいられないな 似た顔も虚構にも

愛が生まれるのは 一人から

「恋せずにいられないな 似た顔も虚構にも」

まず、前後を並び替えます。

→「似た顔も虚構にも恋せずにいられないな 」

「似た」「顔」と「虚構」にかかっているのではないかと思い、こうなると思いました。

→「似ている、顔も虚構にも、恋せずにいられないな」

「虚構」というのは「事実でないことを事実らしく作り上げること。また、作り上げられたもの。作りごと」という意味です。

なので、現実の人物の顔でも、アニメのキャラクターやCGのキャラクター等の作り上げられた「虚構」でも、「君」に似ていたら、恋をせずにはいられない、という意味になると思いました。

 

「愛が生まれるのは 一人から」

愛が生まれるのは、二人で同時にするのではなく、それぞれが一人で相手を愛そうとする気持ちから始まるという意味だと思います。

 


 

Cメロ(2番の後)

泣き顔も 黙る夜も 揺れる笑顔も

いつまでも いつまでも

「黙る夜」

「黙る」というのは、意識的に口を閉ざして喋らないことなので、よく喧嘩をしたり、機嫌が悪くなった時によくある事だと思います。

なので、「黙る夜」というのは、喧嘩した日の夜や、機嫌が悪くなった日の夜を指すと思いました。

 

「揺れる笑顔」

分かりそうで言葉にして説明するのが難しいのですが、楽しげに何かをしている時って身体が揺れるものだと思います。

例えばワクワクしている子供は落ち着きなく動いていますよね。

それと同様に、楽しい時に身体が自然と動き、身体の揺れと共に笑顔も揺れている、という意味になるのかと思いました。

 

「泣き顔も 黙る夜も 揺れる笑顔も いつまでも いつまでも」

「泣き顔」と「黙る夜」というのは、あまり嬉しくもない事だとも思えます。

しかし、「泣いている時も、怒っている時も、笑っている時も、どんな時でも、いつまでも見ていたい、一緒にいたい」という意味になるのだと思いました。

 


 

1番・2番 サビ+3番大サビ

胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの

それは側にいること いつも思い出して

 

君の中にあるもの 距離の中にある鼓動

恋をしたの貴方の 指の混ざり 頬の香り

夫婦を超えてゆけ

 

(以下、3番大サビのみ)

二人を超えてゆけ

一人を超えてゆけ

 

繰り返しの部分になるので、ここで分析していきます。

3番の大サビは、ここのサビの歌詞にフレーズが加えられます。その部分は後程。

 

サビ 前半

胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの

それは側にいること いつも思い出して

「胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの それは側にいること いつも思い出して」

前半を並び替え、言葉を入れ替えたり付け足したりすると、

→「胸の中にあって、いつか見えなくなるものは、側にいるということを、いつも思い出して」

 

「それは側にいること」

「側にいる」というのは、私に対して貴方・貴女でしょう。

サビ前までは、「私」外で働いている人で、「君」家で待つ人でした。

サビに関しては、曲が終わるまで一貫して、どちらがどちらなのか人物像が見えてこないので、男女両方共に置き換えられると思います。男女兼用と言うとおかしいですけど、どちらにも当てはめられる曲の懐の広さを感じます。

とは言え、ひとまず サビ前と同じ解釈で進めます。

 

「胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの それは側にいること いつも思い出して」

「胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの」という部分は、少し悲観的な意味合いでも取れてしまいますよね。

「胸の中にあるもの」とはシンプルに「愛情」や「想い」だと思います。

だとしたら、「愛情」や「想い」は「いつか見えなくなるもの」となり、「愛情や想いって、いつか見えなくなっちゃうの?」という感じの解釈になる気にさせられます。

ただ、この点は、「いつも思い出して」と言うフレーズで結んでいるので、

「愛情や想いはいつか消えてしまう様なものだから、いつも側に私 又は貴方がいるということ思い出してね」

という様にまとめられ、悲観的な見方だけど、だからこそ、ちゃんと思い出さなきゃいけないことなんだよ、と注意している感じに私は解釈しました。

私個人も、愛や想いは心掛けなければ、意識しなければなくなってしまうんじゃないかと思ってしまいます。永遠や絶対なんてないです。あってほしいと切実に願いますけど、やっぱりその点は100%も絶対もないので、悲観的にならざるを得ないと思うのです。なので、思い出さなきゃいけないことだと思います。悲観的であり、積極的なのです。

 

サビ 後半

君の中にあるもの 距離の中にある鼓動

恋をしたの貴方の 指の混ざり 頬の香り

夫婦を超えてゆけ

「君の中にあるもの」

「君」は「家で待つ人」で、「君の中にあるもの」=何かしらの感情とします。

「私」の中にあるものならば、はっきり分かるものですが、「君」の中にあるものだと、分かりにくいと思います。

仮に、「私」と同様に「相手に対する愛情・想い」とします。

 

「距離の中にある鼓動」

「距離の中にある鼓動」という表現は詩的で味わい深いと思いました。

好きに思う相手との距離が、近くなればなるほどドキドキしますよね。

「鼓動」とは、それを「心臓の音」だとすると、相手との距離により、感情が高まって高鳴る胸の音と解釈出来ます。

それを「距離の中にある 鼓動」と表現したところが、言葉を削ぎ落としてある表現で非常に感銘を受けました。

 

「恋をしたの貴方の 指の混ざり 頬の香り」

息継ぎのタイミングで区切り、並び替えて分かりやすく整理して

「貴女の 指の混ざりと 頬の香りに 恋をしたの 」とします。

「指の混ざり」「頬の香り」という部分の表現も非常に詩的で、且つ巧妙だと思いました。

 

「指の混ざり」

 

リズムとして「〇〇の〇〇〇」という縛りがある中で言葉を選んでいて、指や手に関する言葉をあげると、「指を絡ませる」「手を重ねる」「手を合わせる」「手を繋ぐ」という様に、先程の文字数に合わせると、どうしても それらでは ちょうど当てはまらないのです。

尚且つ、より密接な関係を表す語としても物足りない表現なので、それらでは力不足でした。

そこで、「混ざる」という表現です。「混ざる」とは本来であれば、「性質の異なるものが中に入り込む」事を意味し、「酒と水が混ざる」などの様に使い、「くっつく」とか「つながる」とか以上に、「2つの物質が1つになる」という意味合いになります。

「2人の手と手がくっついて、1つになるくらいに密接に繋がっている」という様に強調して表現出来ていると思いました。

 

「頬の香り」

また、「頬の香り」という表現も詩的であり、非常に素晴らしい感性だと思いました。

まず、「香り」と「匂い」とでは意味が異なり、「一般に臭覚が感じて好ましいと感ずるものを香りといい,好ましくないと感じるものを勾い」という違いがありますので、「頬の香り」とは「好ましく感ずるもの」という事が分かります。

次に、具体的な「頰の香り」というものを考えると、女性だと化粧品のものなのかもしれませんし、男性だとスキンケア商品かもしれません。もしくは皮脂のものなのかもしれません。

歌詞にはそこまでの事が言及されているわけではありませんし、それは大した問題ではありません。

いずれにせよ、余程近づかなければ、あまり匂いなど感じられません。

逆に言えば、余程近づかなければ感じられないものであり、頬の香りを感じ取れている、という事は、それ程まで2人の距離が近いという事を意味しているのだと私は感じました。

また、「香り・匂い」という嗅覚に関連するものは、人から滲み出すものであり、例えば「奴は危ない匂いがする」や「あの人きれい!いい匂いがしそう」等の様に使われます。

互いを好ましく感じているから、目に見えない「頬の香り」までも感じられたのではないかと思いました。

 

そういった「指の混ざり」「頰の香り」に「恋をした」という意味だと思います。

 

「夫婦を超えてゆけ」

そして、サビ後半の内容を結ぶ「夫婦を超えてゆけ」という歌詞が来ます。

「超える」「ある基準・数値を上まわる。越す」という意味があります。

「夫婦」という関係性、他人と他人が結ばれた婚姻関係は、どこか基準や枠がある様に思え、ここでは「夫婦以上の夫婦になれ」という意味を指すのかと思います。

また、サビ後半で「指の混ざり 頬の香り」という歌詞がありますが、そこでは2人が1つに混ざりあう程、より密接に繋がりあっている事を表しているので、それを踏まえると、「2人が1つになり、一丸となって、足し算ではなく掛け算的な相乗効果を発揮して、夫婦を超えていく」という意味になると思いました。

 

3番 大サビ

二人を超えてゆけ

一人を超えてゆけ

「二人を超えてゆけ」

夫婦という関係を表す枠を超えて、1人の人間同士の2人が1つになり、2人以上の力になること。

 

「一人を超えてゆけ」

そして、相手がいるからこそ、1人1人それぞれが、互いの存在のお陰で更に頑張る事が出来、1人以上の力になること。

 

そういう意味になると思います。

愛の力、というものなのでしょうか、互いの力が合わさり、互いの存在の御蔭で、それぞれの力が増していくのだと。

 

最後に

長々とお付き合いさせてしまいましたが、如何でしたでしょうか。

だいぶ時間がかかったので、中々の分析じゃないかと自負しています(´∀`;)

最後に、参考・引用元を紹介しておきます

【参考・引用元】
  • 「営み」の意味 引用:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/14056/meaning/m0u/
  • 「暮れる」の意味 引用:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/64759/meaning/m0u/
  • 「暮れる」の使用方法 参考:http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/search_result
  • 「暮らし」の意味 参考:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/63426/meaning/m0u/
  • 「物心が付く」の意味 引用:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/219853/meaning/m0u/
  • 「混ざる」の意味 引用:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/207930/meaning/m0u/
  • 「香り・匂い」の意味の違い 引用:https://kotobank.jp/word/香り-459142
  • 「超える」の意味 引用:https://kotobank.jp/word/越える・超える-263715
  • 「コクチョウ」について 参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/コクチョウ
  • 「虚構」の意味 引用:https://kotobank.jp/word/虚構-53330

 

夫婦として相手を想う事について綴られた歌詞はとても奥が深く、愛することも大切だとは思うのですが、恋する気持ちも大切なのだと思いました。

恋人であれ、夫婦であれ、長く一緒にいる中で忘れちゃいけないことですね。

時々この曲を聴いて思い出しましょう(´∀`)

 

最後までご覧くださりまして、誠にありがとうございました。

白ねずみ(@whitemicemoon

 

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